リバウンドなし!「後悔しない生き方」の秘訣は原体験の癒し!そんなことができるんです!
2、3日前にこんな夢を見ました。
来訪したビジネスマン風の男性が、
「会社を辞める決心をした、
その場で社長に電話をかける」と言いだし、
わざわざ出先からかけなくても…と思いながら見守る。
力強い口調で話し終わると晴々とした様子。
手書きのマインドマップのような紙を何枚か手に持って、
その中の1ヶ所を指さしながら「この時のような自分になりたい」と語る。
「それだったら手伝える」と応じる・・・
いつのまにかラフな服装でリラックス、
文庫本の小説が何冊か積んであり、1冊を手にとってページをめくりながら会話している・・・
目次
足を引っ張っていた後悔のシーンと原体験
目が覚めてこれが何を意味していたのか想いを巡らせていたら、
全く別の、学生時代のシーンが浮かびました。
それは、八ヶ岳でのイベントでキャンプをしていた時のこと。
自分が持参した圧力鍋で料理した友人の男子学生が、
フタを強引に開けようとして湯気が吹き出しアチチッ
「そうなるんだよね~」という感じの発言をすると
(当然知っているだろうと思っていた感覚)
「なら先に言ってくれよ」と言われ、
そうか知らなかったのか、しまった、悪かった!と思って謝った。
本当にやけどしたわけでもないのにこのシーンが浮かぶ、
未だに「しまった!」という感覚が強く残っている、
これはまだ何かあるはず、
似たようなことが他にあっただろうか?と記憶をさかのぼって浮かんだのは
小学校低学年くらいの頃に家で、
父が母に、
「なんだよ、それを先に言ってくれたらよかったのに(怒)」とヒステリックにキレている、
母は複雑な表情で、
でも言い返したりはせずことばを飲み込んでいる様子。
自分は子供心に「またお父さんが‘八つ当たり’してる」と、
いたたまれなさと憤りの感覚、
こんなことがよくあった、だから「またか」という感覚なんだ・・・
そういえば、「大人の話に子供が口出しするな」と怒られたこともあったな・・・
『○○してくれたらよかったのに』というフレーズに敏感に反応する原体験はこれか・・・
・・・・・・・・・・・・・・・
きっと皆さんも、大なり小なり
誰かに「非難」された「理不尽」な体験、
逆に、誰かを非難した体験、
期待に沿えなくて「自己卑下」や「後悔」した体験がありますよね?
ここから‘ディマティーニ式’のひもときを書いていきますので、
ぜひご自分にあてはめながらお読みくださいね。
後悔や自己弁護・反発のからくり
私はおそらく子供のころ、
父達の様子を見て、
このような声のトーンやことばづかい、
過ぎたことで感情的に人を責めることは、
すごくイヤな感じで、避けねばならないと自らに刻み込んだのだと思います。
「感情的に人を責めるのはすごくイヤで悪いこと」という認識から生じていたネガティブパターンは
自分が「やってしまった!」という場面で、
客観的にはそれほど自己卑下する必要がなくても、
敏感にすごく重く感じ、自分が悪かったと受け止める、
人にどういわれるか考え過ぎて動けなくなる、
「これでよかったのだろうか?」と自分を疑う、
意を汲んで先回りしたつもりなのに裏目に出て余計凹む、
うまくいったこともあるのに印象が薄く、失敗の方を強く記憶する、
自分がそんなにも悪いことをしたと認めるのは苦痛なので、
「悪者にされる」のがすごく嫌で
「私が悪いわけじゃない」と強く反発する時もある
(身近な人に対して出やすい)
などなど・・・・(^_^;
数年前に比べるとはるかに減りましたが、
まだ残っていました。
でも、そこに気付いたのは解消のチャンスです!
幻想の消滅で後悔が消え癒しが起こる
ディマティーニ式では、全てのことにネガティブとポジティブが同じだけあると捉えています。
というか、それが真実です。
「感情的に人を責めるのはすごくイヤで悪いこと」という認識は幻想。
「相手をイヤな気分にさせないように完璧にふるまうべき」というのは非現実的な期待。
「非現実的な期待」とは、そもそも実現不可能なことです。
いくら相手の意を汲んで最善を尽くしても、
その時々相手の状態は変わり、
どんな反応をするか100%予想するのは不可能なのです。
(だからといってあえて不注意でいい、相手の意向をおろそかにしたらいいということではありません。)
圧力鍋の場面では
友人はその体験を通じて圧力鍋とはそういうものだと学習し、
違和感を感じたら強引に進めず仕組みを考えたり質問することなどを学んで他の経験に活かせたはず
自分は、絶対止めなければいけないほどの場面ではなかったから動かなかった、
それでもなんとなく眺めているだけでなく
より安全にするにはどうしたらいいかもっと考える(コミットする)ことを学び、
危険を察知してあらかじめ注意を促すのが大事だと学習して他の場面に活きたはず など
ちゃんとプラスの面もある。
父の場面では、
平穏な場面は記憶に残らなかっただけで、
父が穏やかに「なんだ、そうなの」と受け入れたり、
状況の変化に臨機応変に対応していたことはいくらでもある、
自分はそんな経験を通じて、
情報をその都度共有することの大切さ、
相手にわかりやすく伝えることに意識を向ける性質が鍛えられた
・・・巡り巡って、
今このサイトでわかりやすく表現しようと努力することにつながっている ( ワォ!)
いくら摩擦があっても自分にとって本当に大切なことはあきらめない、
Have to (ねばならない)ではなく、Love to (心からやりたい)で輝こう!というこのサイトの趣旨、
自分が大切にしたい生き方につながっている ( ワォ!)
ワォ!まで来たらしめたもの、
圧力鍋のシーンの記憶は、
「おいおい^^」 「ごめ~ん^^」とお互い笑いながらのやり取りに変わり、
父と母のやりとりも、
誠実でまじめな父と包容力のある母の平凡な日常の一コマに変わって、
自分もそんなところを受け継いでいるけど悪くないな、
だから今の自分があるんだな・・・と涙があふれてきたのでした。
リバウンドしない「後悔しない生き方」の秘訣 まとめ
例えば子供を育てる時に
危ないからと何にも触らせなかったり、
周囲が意を汲んでお膳立てばかりしていたら、
子供は自分で工夫し、
臨機応変に困難な状況を乗り切る力が育ちませんよね。
また、仮に、
「○○してくれたらよかったのに」といわれた通りのことをしていたとしても、
「それと違った方がよかった」という反応だってあり得るし、
自分の思い通りにやりたいからペースを乱さないでほしい、
そんなことわかってる、いちいちうるさい、口出しするな
という反応も考えられる。
(いかにもそんなふうに言いそうな人の顔が思い浮かびませんか?)
相手をイヤな気分にさせることにもメリットがあるのです。
プラスとマイナスの両方が認識出来たら
後悔が消え感謝に変わります。
できなかった自分を後悔したり責めたりしなくていい、
完璧にふるまおうと自分をがんじがらめにしなくていい、
あなたはあなたでいいのです。
PS.人生のステージのシフトチェンジ・夢の解釈
その後の2,3日の間にすでにいろいろな変化が起き始めています。
自分の考えを表現することへのブロックがなくなり、
以前だったらかなり躊躇して
えいや~と思い切ってやる感覚だったはずのことを普通にやっている、
タイミングがかみ合ってものごとが動き始めたし、
仮にいい返事をもらえなかったとしても
相手はただその時の状況と価値観で対応しただけだと受け取れる感覚があってすごくラク、
懸念事項にいい情報が見つかり新しいアイディアが膨らんだ・・・
冒頭の夢は、たぶん全部自分だったのだと思います。
その前日にも少し前進できたことがあり、
より一層自分らしく生きていこうというシフトや
出来事に巻き込まれず人生という物語を楽しめる感覚の芽生えが現れていたように感じます!
milyはますます進化しますので、
これからも「Love to life」を楽しみにお読みください♪
視点を変えた問いかけを自分にすることで認識が変わる話は
【愛と感謝をみつけ膨らませることで誰でも感謝の魔法使いになれる極意伝授!】でも書いています。
あわせておよみくださいね。